はてなにあってGoogleにないもの

はてなのサービスはすり身」というお話。


はてなのサービスの出し方って、いろいろ素材をまぜてどんと置いてるような感じで、「太刀魚と小鯛とアナゴとハモで白身のすり身を作ったよドン」的な、つまり店先に出てる商品には「すり身」としか書いてない、みたいな。
よさそうな素材を混ぜてみました、あとは適当に料理してみてください、あ、小骨がありましたか、つぎは気をつけます、なノンビリの魚屋主人。

はてなにあってGoogleにないもの



いくらGoogleがお金を積んでも買えないものがあって、それは

  • サービスを利用しているユーザーのコミュニティ
  • 「手練れ」な口うるさいベテランユーザー

のふたつで、Googleがこれらを手に入れているかどうかはともかく、はてなはすでに手に入れているように見えます。はてなの強みは50%メソッドそのものではなく、それを支えるこういった背景にある、と見ることはできるでしょう。
このへんは言い尽くされてる感がありますが、はてなでは

  • サービス自体の魅力
  • 荒削りな感じ

このふたつが組み合わさって上述のふたつ、コミュニティとベテランユーザーを育ててきたところがあります。荒削りであるということはじつは「不満をネタにあーだこーだ言う余地がある」という意味でまた魅力があって、サービス自体の魅力を補強する役割を担い、副次的にコミュニティを作る役割さえ果たしている。そしてコミュニティがベテランユーザーたちを踏みとどまらせています。

荒削りなサービスと成熟するユーザー層



一方で荒削りなサービスリリース、というものの危ういところは、それがちょっと間違えると荒削りというより粗雑となってしまうことでしょう。
じゃあ粗雑っていうけど、そりゃなんだと。
簡単に言えば二つあって、ひとつが「くり返し」です。
ベテランユーザーたちに「またか」と思われるような不具合は「粗雑」と呼ばれてもしかたがない。それがささいなミスであるかどうかよりも、くり返しであるかどうかのほうが印象が強い。こういったくり返しは経験値の高いユーザーほどうんざり度も高く、彼らがサービスから離れるきっかけのひとつと十分なり得ます。
もう一つは「待ちぼうけ」です。
サービス提供側のきちんとした反応が減れば減るほど、ユーザーの「徒労感」は増していきます。これが「まだ?」という苛立ちで、これもやはりベテランユーザーになるほど「徒労感」へと結びつく割合が高く、苛立ちも強まっていきます。


現在のはてなのサービスが「またか」「まだ?」であるかはべつにしても、50%メソッドは案外綱渡り的なんじゃないかという気がしていて、

  1. サービスをつぎつぎにリリース
  2. ユーザーをさらに獲得
  3. ベテランユーザー層とそうでないユーザー層の乖離
  4. しいてはサービス提供側とベテランユーザー層の乖離
  5. ベテランユーザーの離脱

という流れに向かうのは自然だし、そのへんのところまで見据えた布石がないと

  1. 50%リリース
  2. ベテランユーザーの不在、活発でないコミュニティ
  3. 改善案もなく、議論もない
  4. いつまで経っても50%サービス
  5. 不満なユーザーは去っていく

てなことになりかねません。もちろん経験を増したスタッフの力でなんとかするということもできます。でもそこではすでに50%メソッドは破綻してるわけで、そこから従来のような魅力的なサービスが生まれるのかというと疑問もあるわけです。


はてなとコアなユーザー層との関係も、基本は「ユーザーとサービス提供側のゲーム」なわけですが、仮にベテランユーザーとその周辺のコアな層が固定されたままである(離脱がない)としても、拡大するユーザー全体のなかでは存在感をなくしてしまいかねません。「またか」「まだ?」は大量のユーザーにかき消されていき、ますます乖離が生じていきます。
そうなったときに50%メソッドを見直せるか、あるいはよりよいはてなアイデアの仕組みで対応できるか。「いい素材であっても、得体の知れないすり身」をいかに料理するか、それをユーザーの手から切り離すのか、あるいはべつの形で委ねるのか。
そのあたりはちょっとした見物だなという気はします。