「みんなになりたい」大手小町の仕組みはネットになにをもたらすのだろう

以前から大手小町発言小町)の回答が似たような内容になるのはなんでだろうかと思っていて。


○助けて下さい。貯金を借りた私 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/reader/200601/2006013100068.htm

去年から夫に内緒で始めた株で1000万以上損してしまい、その損を埋めるために去年夫婦の貯金だけでなく夫の独身時代の貯金から無断で借りて返済しました。もうどうしようもなかったんです。。。。

この質問は削除されたようです*1

ほかの回答者と同じことをどうして答えるのだろうか

寄せられた回答は

  • 「正直に話せ」
  • 「離婚を覚悟しろ」
  • 「働いて返せ」
  • 「早く話すべきだった」
  • 「いったいどうしてそんなに損失出したのか」

だいたいこのどれか。正論というか、「こんなアドバイスならいらん」的回答という気もしないではないですが、元記事も削除されていることですし、具体的な内容は置いておきます。
謎なのは

  • ほかの回答者とほぼ同じことをどうして自分も答えたがるのか
  • もしかするとほかの回答者の回答など読んでいないのでは?
    • しかしすべての回答者がほかの回答をまったく読まないということもありあえない。
  • では読んでいるとしたら、なぜ同じ回答を書くのだろうか?
  • つまりそれは他人の回答を補強するつもり、というより、自分の考えを補強するつもりなのではないか?
  • 自分の考えや印象がみんなと同じだと安心し、それを補強するために似たようなことを書き込む

読み手の心理とかいうものではなくて、「大手小町」ってそういう仕組みになっているのではないか。発言がずらーっと並んでいて、「数を増やしていく集団の一部に参加する」という仕組み。

集まっているみんなに混ざりたい心理

上記の話はどこか「祭」と似ているかもしれませんが、「祭」とそこに参加しているひとたちとの違いは「意見を言う気があるか」「発言をする気があるか」あたり。
回答をざっと眺めてみて思うのは

  • たとえば「1000万ぐらいで離婚とか言い出すちいせえ夫なら別れてもいいんじゃないの」という極端な意見が出てこないのはなぜだろう? 大手小町はユーザーというか回答者の層がわりと均質ということなのだろうか。
  • 「夫の1000万無断で借りた→横領・窃盗」って、これは1000円でもそういうこと言うのだろうか。横領だからどうこうという問題なのか。正しい立場から脅しつけるような物言いを好んでやってるようにも見える。つまり「デモ隊に錦の御旗が立った」状態。
  • あと「旦那に殴られてもしかたがない」って、なんだろう? 1000万なら殴るのOKなのか? 大手小町の回答者層はそういう層なのだろうか。というかこの意見への批判すらない。みな同じ方向を向いて回遊する魚群のような眺め。

で、たぶんこれ、つまり大手小町は「みんな」になりたいひとたちのための仕組みなのではないか。上記についても

  • 同じような意見を述べる(頭の向きをそろえる)
  • 多数意見によって、全体の雰囲気(常識的意見)を整える
    • そのためにも、同じような意見であってもそれなりに数が必要とされる
  • こまかな相異は指摘しない

こういった流れがあるように見えます。その結果として、場を共有するひとたちのなかにささやかな、つぎのような感覚が芽ばえる。

ああ、自分もみんなと同じことを思った。
そうだ、自分もそうだってことを書こう。
自分もだいたいみんなと同じなんだ、だからこれでいいんだ

こんな感じの。
もしかしたら、じつは質問者も同じような気持ちで「みんなと同じ自分にしてください」と考えて相談しているのではないだろうか。
大手小町は「マスの常識」を共有したいという願望をかなえるための装置として動いているのではないか。「自分の意見が言いたい」というより「みんなと同じ意見が言いたい」場所が求められているのではないか

「自分でいたい」がために「みんなになりたい」

ここで外に目を転じてみる。
いわゆるネット右翼なども主義や思想が影響して……ではなくて、そういう「みんなになりたい」ひとたちに見えることがよくある(とくにコテハンでもない匿名の場合)。とすると、彼らに必要なのは「みんなになる仕組み」であって、ブログとかmixiとかの「個を主張する」「個と個が結びつく」といったものではないということになる。
「みんなになる」ためには匿名であってもかまわないし、むしろそのほうがいい。つまり自分たちと異なる発言などはほとんどどうでもいいのだから、議論する気は毛頭ない。同じ意見の集会に参加することが大事なのであって、議論することが大事なのではない。その場のみんなが同じような意見なんだなという認識こそが重要。

魚群、あるいは魚影なのだろうか

彼らは実生活での、一種の自信喪失者なのかもしれない。全体の一部と化すことで自信を取り戻すべく、同じような意見を書くのではないか。つまり自分であろうとするために、まず大きなものの一部にいったん同化して自信を取り戻すという作業が必要なのではないか。大手小町はそういうひとたちによって、そういうひとたちのために機能しているかもしれない。


ネットで自信を取り戻した彼らがそのあとどうなるのかは、よくわからない。


[オチなし][非はてな話]

追記

ブクマで指摘があったんですが、たしかにタイムラグの影響でまとまるということはあると思います。ただそれでもレスを眺めてると、「上の書き込みでもありましたが」みたいな意見がつづいたりするので、途中から「まとまって出た同じような意見に影響されて雰囲気が作られていく」ということはあるのかも*2

*1:ググればわかりますが、最後にトピ主が生命保険とか危ないこと言い出してるんでネタなのかあるいは削除されたのか。

*2:検閲の影響をかなり少な目に見積もっての話、ですが。