議論というところへ入っていく方法

方法というよりは心構えみたいなものですが。
ごく簡単に。


ネタもと
jkondoの日記 - 人間同士の問題を「議論」か「許容」で解決できるようになりませんか
http://d.hatena.ne.jp/jkondo/20060412/1144799869
まずこちらを読んでくださいよ。


議論の先にあるもの

議論の結果というものを考えると、「許容」と「妥協」があります(これはあくまで結果であって、議論が破綻した場合などは除く)。
そして議論の前提として必要なものがあって、それはまず「許容」だということです。

こんな感じです。画像の左上あたりらへんを見てください。
最低限相手を尊重する、同じ立場に立つという許容の意志がなければ、議論はだいたい「言葉のケンカ」へと逆戻りしてしまいます。なぜなら、近藤社長のレイヤー図ではうまい具合に「言葉のケンカ」「陰口」「議論」と階層が分離していますが、本来はそれぞれ同じような階層にありがちなので、自由に行き来ができてしまうからです。


また議論の結果が「妥協」となった場合には、さらにいずれまた将来に「議論」へと再帰する可能性が高くなります。妥協点というのは後々に争いの焦点になりがちだからです。

たとえば上司と議論になって納得できないながらも妥協した場合になんとなく感じる「うんざり感」というのは、じつはあとになってまた議論になるだろうことが薄々見えているからだったりします。しかしたいていの場合、議論に時間をかけるほどヒマではありませんから、妥協か許容かの道を選ぶしかありません。
ここであらかじめ「許容」というレイヤーを通過していれば、「許容」という結論へたどり着きやすくなります。


また議論というものは破綻しがちですが、「許容」レイヤーを通過することで「言葉のケンカ」へと逆戻りすることを防ぐことも可能です。

というわけで、議論に先立ってまず「許容」レイヤーがないと、「議論」レイヤーが「陰口」「言葉のケンカ」両レイヤーの上位レイヤーにはなれない、という、近藤社長の話につけ足しなだけの話なんですけどね。
しかしへんな会社を作ったりしないふつうのひとは「陰口」「言葉のケンカ」から「議論」へと進むなんてのはなかなか難しいわけで、逆に言えば
「なんであいつとは議論にならんのやろ」
という場合の原因は、そこ(許容)らへんにあるのか? という手がかりにはなるかもしれません。


おまけ

まぁレイヤーとかいうと「なんだそれ、髪型か」とか「コスプレするひとだろ」という無茶なかたがいるかもしれないので、もうすこしわかりやすく描くとこんな感じ(clickで拡大)。

対立が生じた場合、人間はこういったクネクネした選択を経て議論へとたどり着くようです。わたしの考えでは「陰口」と「言葉のケンカ」は同じ階層にある感じ。


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