それが正しい主張だと信じているあなたもつい声高に、居丈高になっていないか

「リンクはトップページへ」という主張をしているサイトとその周辺での騒動について。

異なるふたつの文化

「許可制リンク」「無断リンク」「ディープリンク禁止」といった主張を「礼儀」「常識」とするひとたちは、SBM界隈ではあきらかに「異文化圏」のひとたちです。
参考→ソーシャルブックマークにクリップされるディープリンクの割合を調べた - SiroKuro Page
こちらにも書きましたが、これは

  • ネットの公益のためにリンクは原則フリーであるべき(自由リンク主義)
  • リンクは個々のサイト管理人の許可を得るのが礼儀(許可制リンク主義)

というふたつの異なった「常識」を掲げる文化圏によって摩擦が起きている、と捉えるべき。
ちょっと手を抜いて引用しますが、

問題は個別の文化圏というものを認めるかどうかで、自分固有文化圏の主張を否定するのも、ネット公共文化圏を否定するのも、わりと大差ない。どっちもどっち。だからマナーとか常識というところであれこれ言うのは線を引けないところに線を引くようなもので、じゃあ引ける線を引きましょうというのが認証方式でのアクセス制限。

文化圏の衝突と考えたときに、それぞれがそれぞれの常識を主張してもあまり意味はないのです。


一番重要なのはネット全体への啓蒙であって、特定サイトへの攻撃的な批判をすることではない

相手を凹ませたり改心させるためにする攻撃的な批判は、相手との一対一の論争が第一の目的であれば認められるかもしれない。
けれども、もしあなたが公共文化圏にいるのであれば、つまり「ネットの公益のためにリンクは自由であるべき」的な考えに準じて発言するのであれば、公共のための啓蒙を第一の目標とすべきではないか。
つまり無断リンク禁止」に支配された世界を防ぐのが目的なら啓蒙こそが重要で、個別に異文化サイトを潰していくことではないはず。
もちろん「無断リンク禁止」という異文化が拡がることには注意を払う必要はありますが、

  • ある文化の拡大を防ぐこと
  • その文化の撲滅を目指すこと

のふたつはまったく違うことです。異文化を一般的な脅威のようにとらえて攻撃するのは、ネットにおける多様性の単純な否定にもつながりかねない。


そして啓蒙とは「どうすれば異文化へとわれわれの言葉が届くか」を考えることであり、押しつけたり、人格攻撃をしたり、揶揄することではないはずです。
そういったやり方が通じると思うのはおそらく自分の文化圏しか知らないムラ社会の人間であり、彼らはその攻撃や揶揄が届く「自分のいる文化圏」に向かってだけ話しているにすぎない。その本質は異文化圏の人と、たいして変わらない。理解されるのも同じ文化圏の人間にだけ、それは鏡に向かって顔をゆがめて自己顕示するようなものです。
逆に異文化圏のひとにこういった声はほとんど届かない(「常識」によって遮断される)ので、彼らからすれば歯をむき出しにしてわめくひとがいるようにしか見えない。
そしてそれを傍から見て、異文化圏のひとに同情するひとさえ出てくるかもしれない。


そこにある閉鎖性はおそらく「無断リンク禁止」などの異文化を増長させる役には立っても、減らすことにはならないはずです。

ブックマーカーとしては

ブクマのコメント欄でイキがって見せたりせず、ただ淡々とブックマークしていけばいいのではないか。
ディープリンクだろうとなんだろうと、ブックマークできるものはなんでもブックマークしていくブックマーカーとしてはそういった事実、数万数百万のリンクという事実を積み重ねていくことで「異文化の常識」を無効化していけるのではないか。
もちろんそれは「実力行使」なわけですが、異文化圏にも言葉があり、言葉による主張もまた実力行使のひとつです。そこに摩擦が生じるわけですが、そこから啓蒙ではなく紛争へと進んでしまうのはやはり愚かしい行為でしょう。
そしてブロガーは淡々と議論をしていけばいい。それが啓蒙になっていくはずだから。