ネタとベタの区別がつきにくいものを「優雅にやりすごす」方法とは

よく見かけるはてなブックマーカーとその批判を以下、箇条書き。

  • 人のブログを読まない。
    • というより、ブクマに忙しくて読まない。あるいは、(同じブログの)他のエントリに興味をほとんど示さない。
  • 話題がほとんどブログ、ネットのことばかり。
    • 自然と、書き方は有名ブロガーの物真似、内容は限られたものから何度も何度も繰り返し。
  • 状況判断力が非常に乏しい。
    • 自分が今何をだれにコメントしているのかがわからない。どこに向けて、どうコメントすればいいのかわからない。そして、このことと非常に関連して、言葉遣いがきれいでは(慇懃ですら)なくなる。
  • ブクマの快楽に、動物的というまでに忠実である。
    • 状況判断力の乏しさとあいまって、見るに堪えないコメントを延々と……。

以上はこちら
このブログを始めたきっかけ ( ゲーム ) - 着ただけレイヤーの独り言 - Yahoo!ブログ
からの改変ネタ。


改変ネタなので本気で書いてるわけではないんですが、こういうことを書くと角つけて突っ込んでくるひとがいるのもまた事実。
で、こういう話にものすごい勢いで突っ込んでいくかどうか、というのは書き手がどういうつもりなのか(ネタかベタか)を見極める必要があるわけですが、自分のよく知らない書き手の場合は前後のエントリを読んでも判断がつかない場合があります。釣りエントリだった場合、巧妙に作られているほど判断がむずかしくなるし。


じゃ、どうするのかというと「優雅に無視すればいい*1」のですが、ついそこで脊髄反射的にコメントしてしまうこともある。
このあたりはまず
「ネタかベタか判断をする(判断することが可能である)」
という考えを捨て、
「とりあえずネタかベタかの判断はしない(判断不可能)」
というスタンスに立つことで回避できるのではないか*2


実際のところ、それがネタかベタかよりもそのテキストを読んだときに自分のなかで起きた反応が大事なのであって、ほんとうにネタだったかベタだったかはどうでもいい。
なのでもちろんネタにベタでマジレスして突っ込んでいってもいいけれど、そこはそのテキスト(マジレス)を世間に晒す以上はやはり「ネタかベタか区別がついていない・区別をつけていない」ことは自覚すべきで、
「こっちはベタで返したのに『ネタなんだから……』って返すとは何事か」
みたいに怒るのはまた筋違いってことになる。それをやると相手の「ハハハ釣りなのに」「ネタにマジレスかよw」みたいな優越感ゲームに巻きこまれてつまらない労力を払うことになりかねない。
この場合は
「ネタかもしれないけど、あえてベタに突っ込むと」
ぐらいの枕があればいくらでもベタに突っ込んでいけるので、ネタとかベタとかオレにはよくわからんというひとはこのフレーズを使うといいと思った。

まとめ

  • ネタかベタかを区別しようとするのはやめてもよい
  • それよりも、そのテキストを読んだときの自分のなかの反応こそが大事
    • その反応をテキストにすべきだと思えばするがよし、ネタかベタかは無関係
    • それはあくまで「自分のもの」と考える
  • ネタかもしれないけど、あえてベタに突っ込むと」は便利フレーズ

まぁブログとかだとそこで相手との「やりとり」が生じてこそナンボ、みたいに言うひとがいるわけだけれど、ベタかネタか区別がつかない時点である意味すでにやりとりが「ズッコケ」てるわけで、そのへんをふまえずに「やりとり」に過大な期待をするのもナニかなと。

上のイラストで言えば、BのようにA(エントリの書き手)にまっすぐマジレスするよりは、CのようにAに向かわずにマジレス、という感じか。

おまけ

フレーズ考えるの面倒なひとは、このボタンを貼るだけで!

ソシログさんのところから。

*1:こちらの「ただ単につまらない本だったら優雅に無視すればいいだけ」らへんから借用。

*2:正確に言えばこれは判断放棄というよりは「基本的にみんなネタだよね」という選択なわけですが。